浦和レッズ大辞典・ア行

        
カ行へ

>>> あ <<<
 
あああああ〜〜〜〜〜っ!
1.レッズが得点機をはずしたときにあげるサポーターの雄叫び。
2.「うわぁぁ〜〜〜〜〜っ!」とか「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜っ!」など、類似する「叫び」は多種多様に存在する。
3.同時に頭を抱えながらのたうち回るのがポイント(ホントか!?)
アールズ・ラ・ボンバ(R's La Bomba)
1.埼玉出版企画編の雑誌。キャッチフレーズは『強いレッズを応援したい』
2.93年8月に創刊号発行、当時は隔月刊。94年から月刊化。大手のサッカー専門紙にも乗っていない、レッズの細かい情報がウリであった。
3.96年夏、突然出版元が手を引いた為に休刊となるが、同年11月『REDWIN』として再創刊された。
4.『赤菱のイレブン』は休刊のしばらく前からの人気連載。この先どうなってしまうのか当時は心配だった。
5.創刊号の表紙は河野真一。「何で福田じゃないの?」という苦情(?)が殺到したそうだが、実は2ヶ月前の93年6月、『創刊0号』(所謂準備号)が発行されていたのである。そっちの表紙は紛れもなく福田正博その人であった。
(1〜5:緊褌一番さま)
アイーダ
1.応援歌の一つ。「オー・オー・フォルツァ・ウラーワーレッズ・フォルツァ・ウラーワレッズ・オーオオ・オーオオ・オーオー」。
2.キックオフ前後に歌われることが多い。
3.メロディは当然「アイーダ」のメロディ。厳密には、ジュゼッペ・ヴェルディのオペラ「アイーダ」より、<凱旋行進曲>の冒頭部。
4.オペラ「アイーダ」はスエズ運河開通の記念に1871年、エジプトはカイロで初演されている、全4幕のオペラ。「アイーダ」というのは、この話に登場するエジプトにとらわれたエチオピアの王女の名前である。
アイトール・ベギリスタイン
1.スペイン人MF。左サイドの職人。地元スペインでは英雄扱いされるひとりである。
2.愛称は「小さい」を意味する「チキ」。「チキじいさん」などとも呼ばれてしまっていたりする。
3.応援コールは「チキ!チキ!」と連呼するタイプと、「アーレー・ア・レ・ア・レ・ア・レー・チーキーチキー」と歌う二つのタイプがある。
4.1999年で現役をレッズで終える(引退試合として2000年初頭に対アヤックス戦にも出場した)。
5.小野とのコンビプレイはすばらしいものがあった。
6.和食の好物は焼き鳥。つくねが特に好きだったのだそうだ。
1.我らがレッズのチームカラー。
2.ちなみに、鹿島アントラーズは「エンジ色」、名古屋グランパスは「朱色」、コンサドーレ札幌は「茶色」。
3.「コンサドーレの茶色は、ちょっとないのではないか」という意見があったので、「赤黒い色」に訂正(笑)
赤い悪魔
1.チームカラーが赤いチーム、またそのサポーターは大抵こう呼ばれる。
2.我らが浦和レッズも(最近は云われないが)そうだし、身近なところでは韓国代表、イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドなども「赤い悪魔」。
3.Jリーグの他の赤に似た色のチームは赤い悪魔とは呼ばれない。
赤い壁
1.95〜97年前後のレッズDF陣。ギド・ブッフバルト、バジール・ボリ、田口禎則の3バック(+左右のウイングバック、3人のうちいずれかが広瀬になることもあった)は、敵攻撃陣の脅威であった。
2.他のチームカラーが赤のチームで、鉄壁のディフェンス陣を擁していれば、それも「赤い壁」になりうる。
3.Jリーグでは、例えば赤に似たチームカラーの鹿島あたりのディフェンス能力は評価されているが、彼らは決して「赤い壁」にはなり得ない。
4.赤い壁の構成要件は技術もさる事ながら、それ以前に「身体がでかい」、「(身体・戦闘能力的に)強くて丈夫」、「顔が恐い」の3つのうち、最低2つは備えていなければならない。
(4:緊褌一番さま)
赤菱のイレブン
1.月刊誌「REDWIN」に掲載されている古沢優氏の4コマ漫画。
2.とっても、面白い。
3.はやく単行本化して欲しいものである(笑)
4.タイトルは、筆者の推定によると、まず語呂は浦和南高校がモチーフとなっているとされるサッカー漫画「赤き血のイレブン」、そしてレッズのチームカラーである「赤」、そして親会社である「三菱」をくっつけたもの。
5.2001年現在、ウェブサイト「浦議」にて掲載中。
6.2001年8月30日、単行本発売決定(浦和須原屋では25日に先行発売)。
(6:緊褌一番さま)
浅野哲也
1.94年、レンタル移籍適用第2号として名古屋グランパスから加入したしたMF。29試合出場、2得点。
2.茨城県の(サッカーでは)全く無名の高校卒業後、トヨタ自動車に『一般社員』として入社。社内の『同好会』でプレーしている所をサッカー部に引き抜かれ、87年に日本リーグにデビューするというかなり異色の経歴を持つ。
3.91年に始めて代表選出。レッズ移籍後の94年に再び代表に返り咲く。
4.本人は完全移籍を希望するも、うやむやの内に95年名古屋に復帰する。
5.00年にFC東京、01年からは川崎フロンターレに所属する。
6.94年のオフ。彼が名古屋に戻った理由は名古屋にマンションを買ってしまっていたかららしい。移籍の直前のレッズフェスタではレディア人形の中に入ってサポータを驚かせた。
(1〜5:緊褌一番さま、6:宇部さま)
アジエル
1.本名はアジエル・オリベイラ・アモリン。
2.2000年秋、ペトロヴィッチの退団を受けて獲得したブラジル人選手。元の所属チームはサントスFC。97年U−17ワールドユース選手権の優勝メンバーのひとり。
3.FW、或いは攻撃的MFのポジションで、小柄でスピードに優れるとされる。
4.なお、2000年現在、湘南のMFである前園がサントスに在籍していた時のレギュラーFWで、前園の初得点をアシストしたのが彼。
5.応援コールは「Vamos Adiel,Vamos Adiel,Vamos Adiel ! ...」。アジエル、という部分が結構早口になるためアンジー(クビツァ)と勘違いしやすいのが玉に瑕。
6.敬虔なクリスチャン。ただし、鹿○のビ○マルクのように得点を決めるたびに神にお祈りをするわけではない。
アジジ作戦
1.試合直前(前日)まで「この選手は怪我をしている」という情報が流れ、試合当日にはスタメン出場している状態をつくりだすこと。
2.1998年フランスW杯のアジア最終予選で、対戦相手・イランのアジジ選手が試合の数日前足を怪我をしたとして担架で運ばれる映像が日本で流れたが、試合にはスタメン出場していたという事実から。
あっ、と驚く外国人監督
1.レッズの中川社長が、2000年度の監督が正式決定する前に、次期監督について「誰もが〜」と発言した。
2.要するに、斎藤監督のことであり、監督・フロントを揶揄する言葉。
ア・デモス
1.99年、中途にて解任された原氏に代わってレッズの指揮を執った監督。オランダ人。
2.「アダムス」ではないので間違えないように。
3.駒場でのデビュー戦はTシャツで登場。なので、「Tシャツ監督」と命名(笑) ガッツポーズは原前監督に比べると控えめである。
4.チームで最も背が高いのは彼である。
5.J2降格の責任をとって99年12月2日辞任。選手との軋轢が原因との噂も。
6.彼の功績はファウル&退場の多かったザッペッラに見切りをつけたことと路木のセンターバックへのコンバートの成功くらいか。
アドリアーノ
1.アドリアーノ・ジェルリン・ダ・シルバ。2001年スポルチより加入したブラジル人攻撃的MF。
2.93年のワールドユースに代表として出場、MVPとなる。
アビスパ福岡
1.福岡県福岡市をホームとするJリーグチーム。
2.このチームのカラーって、何色? 白にも見えるし、ネズミ色にも見えるし………(汗)
3.(J2に)落ちそうで落ちないことから、チームのグッズが受験グッズとして人気だったことも。
阿部敏之
1.2000年に鹿島より移籍。左利きのMF。
2.地元田島中の出身。室井の同期で内舘の1年後輩。
3.パスセンスに優れ、小野不在時の司令塔役を期待される。
4.また、FKやCKはかのジーコが期待を寄せていたほど。
5.鹿島は、阿部の残留を希望していたようだ。最終的に本人が移籍を強く望み、獲得を打診した浦和と清水のうち、浦和を選んだそうだ。
6.鹿島在籍時代の公式戦(リーグ戦、カップ戦、天皇杯)の出場数・得点数は奇しくもレッズにともに入団した室井と同じ数字。
7.呼び名は「あべちゃん」。選手だけでなく、監督をはじめとするスタッフまでもがそう呼んでいる。
アルビレックス新潟
1.新潟県新潟市をホームとするJリーグチーム。
2.応援歌の「白鳥の湖」が印象深い。
3.DFにセルジオという選手がいるからって、「セルジオ越後のカベ」という横断幕は一体………
4.新潟のホームである新潟市陸上競技場はレッズにとっては鬼門とでも云おうか、2000年のJ2リーグ戦で戦った2戦はいずれも大量失点で破れるという辛酸をなめる結果となった。
アルフレッド・ネイハイス
1.通称「アルフ」。97〜98年在籍。ストッパータイプのDF。
2.尊敬する人はギド・ブッフバルトだそうだ。
アレ浦和
1.応援歌の一つ。レッズが勢いづいているときに主にうたわれる。
2.アレーアレーアレーウラワー、アレーアレーアレーウラワー、アレーアレーアレー、アレーアレーアレー、アレーアレーアレーウラワーの繰り返し。
3.結構音程がはずれやすい。
アンジェイ・クビツァ
1.身長190cmのポーランド人FW。2000年3月21日に来日。
2.得点力のあるFWを、という斎藤監督の意向に添って選ばれた。イスラエル1部リーグで30試合21得点の実績がある。
3.来日当初はクビカと登録していた。やはり日本語としての語呂が悪いからか?
4.愛称は「アンジー」。
5.コールは「アンジーゴール、アンジーゴール、アンジーゴール…(以下略)」。タオルマフラーを左右に揺らしながら歌おう。でも続けて歌うととてもやりづらい(^^;
6.結局2000年シーズンはチーム内2位の11得点を上げたものの、やたらとオフサイドが多かったり図体の割にヘディングが弱かったりと期待はずれの感があってか、年内で戦力外となった(のち大分へレンタル移籍)。
安藤智安
1.GK。
2.入団したその年にアビスパ福岡にレンタル移籍し、トップチームのゲ−ムにも出場した経験を持つ。99年現在、田北・土田に次ぐ第3GKの地位。ではあったが、99年後期には西部にその座を譲ってしまう。
3.オランダリーグの名門・アヤックスとの親善試合にフル出場し、1失点に押さえる活躍。サポーターの注目度・期待度が急上昇。
4.2000年シーズンのカップ戦でレッズの一員として初めて公式戦に出場。リーグ戦にも出場を果たした。しかし第1GKの座は奪うことが出来ず西部のものとなってしまった。
5.2001年は背番号「1」を獲得し正GK奪取に燃える。
6.ニックネームは『アンディ』。しかし本人は気に入らないらしく、本気で怒る為に陰でこっそり使われているようだ(←ちょっと陰険)
(6:緊褌一番さま)
 
>>> い <<<
 
池田伸康
1.MFだが、右よりのポジションならどこでもやりそう。実際、FWとしてはよく出ていた。
2.チームのムードメーカー。ただし、外国人監督(特にオジェック元監督)などにはいい印象を持たれにくいらしい。
3.応援コールは「ノブヤス・ノブヤス・ノブゴォルゥ、(2回繰り返し)、ゴールはおまえを待っている!」だ。
4.東京フレンドパークに来園したことがある(註:某民放のTV番組のこと)。
5.1999年で退団。怪我しがちだったのが悔やまれる。
6.2000年は川崎フロンターレへ移籍。2001年は水戸へ移籍、チーム副キャプテンと背番号10番を背負う。
7.「移籍先を川崎Fにしたのは浦和に近いから」、「引退したら浦和に戻ってくる」など、浦和にはかなり愛着があるよう。
8.在籍当時、福永をはじめとする若手がよく家に遊びに来ていたそうだ。
9.それもそのはず、彼は浦和生まれの浦和育ちで、それぞれ古川電工、全日空に進んだ長兄・次兄と共に幼少時から「池田3兄弟」と呼ばれ、地元では有名な存在だったらしい。
10.彼の母校浦和ルーテル学院は駒場スタジアムから歩いて5分!
(9:緊褌一番さま、10:宇部さま)
池田太
1.武南→青学を経て93年に入団したセンターバック。53試合出場、1得点(対マリノス 99.11.6)
2.96年シーズン終了後引退。翌年ユースコーチ就任、2000年よりユース監督となるが翌年の名取篤の監督就任に伴いユースコーチに戻る。
3.彼の奥さん曰く「浦和市内の中学校時代からの知り合い」だったらしいが、オフィシャルハンドブックでは「小金井市立小金井南中学校」出身となっている。謎である。
4.時々娘を幼稚園に送り迎えしており、「○○ちゃん(←娘の名)のパパってカッコいいよね〜」などとお母さん連中をしびれさせている。(しかしお母さん達の約半数は現役時代の彼を知らなかったらしい)。
(1〜4:緊褌一番さま)
池田学
1.99年入団のストッパータイプのDF。愛称「ロボ」。
2.ロボのため、怪我をしても怪我とは云わず、「故障」という。もちろん、「療養」ではなく「修理」だったり「オーバーホール」だったりする。
3.新しいレッズの「赤い壁」を担うべき人材だが、けがに泣かされ99年後半から2000年までトップ出場を果たせず。
4.J2降格が決まったゴールを決めた後、うなだれる福田に抱きついたのは、彼だけ降格の事実を知らなかったからだそうだ。
5.「赤菱のイレブン」単行本によれば4の原因はVゴール時の初期設定が「喜ぶ」になっていたためだそうだ。因みに池田ロボはAIBOに対抗すべくつくられたサッカーロボットで時々誤作動をおこすらしい。
(5:リトル・グレイさま)
石井俊也
1.MF。左サイドバック、ボランチをつとめる。98年以降はボランチとしてレギュラーに定着。
2.シドニー五輪一次予選では不調の稲本に代わってチームのバランサーとして活躍。
3.滅多に笑わないらしい。
4.「バーバー石井」(謎)。
5.色黒?
6.2000年度副キャプテン。主将の小野共々、シドニーオリンピック代表で抜けてしまったら、誰がレッズの主将代行になるんだろう?
7.応援コール「ア〜〜〜〜レ!ア〜〜〜〜レ!You gotta fight! トシヤ!」
8.2001年はレッズにとって重要な背番号のひとつ「6」を背負う。
礒貝洋光
1.98年に引退したMF。
2.ガンバ大阪在籍当時は「天才」と呼ばれていたが、その末路は寂しいものに・・・
3.引退後はプロゴルファーを目指す。99年春のゴルフトーナメントではブービーで予選落ちした。
4.「磯貝」ではないので、ご注意を。
井原正巳
1.ポジションはDF、2001年、ジュビロ磐田から移籍。
2.元「ミスターマリノス」と呼ばれていたとおり、横浜(もしくは日産自動車)の印象が強い。
3.元日本代表キャプテンで、123試合出場は歴代最多。
4.某民放のTV番組「筋○番付」に出演して上位に食い込む実力がある。
5.スポーツ紙等では移籍についてもっともらしい理由が挙げられていたが、「(初代表時の監督だった)横山GMに『とにかくおまえはウチに来りゃいいんだ!』と言われて恐くて断れなかった (笑)」が真相の様である。(2001.1.28、レッズフェスタのトークコーナーで本人談)
(5:緊褌一番さま)
威風堂々
1.応援歌。エドワード・エルガーの「威風堂々行進曲第1番」のフレーズを「オー」で歌う。
2.「威風堂々」という曲は、イングランド国王ジョージ7世の戴冠式で歌曲として歌われたため、イギリスの第2国歌として親しまれているそうだ。
岩瀬健
1.オジェック監督に認められ、トップに昇格。ゴールも決めるが、結局アルディージャに完全移籍。
2.現在、アルディージャのオフィシャルホームページに、自分のコーナーを持っている。
3.99年に怪我をし、約半年のリハビリ後、2000年6月完全復帰。
(1〜3 たらこさま)
 
>>> う <<<
 
ヴィッセル神戸
1.兵庫県神戸市をホームとするJリーグチーム。
2.韓国人パワー爆発、なチームという印象です。
上野晃
1.テレビ埼玉でレッズ戦をやると、ほとんどの場合この人が実況をつとめる。
2.かつてはテレビ埼玉「GO!GO!レッズ」の司会を務めていた。
3.ギド・ブッフバルトの名をファーストネームで呼んだり、ベギリスタインのことをごく普通にチキと呼んだり、レッズサポーター、あるいはレッズの選手をある程度知っていないと視聴者が混乱しそうな名前で平気で実況する。まぁ問題ないとおもうけど。
4.最近はCSでのサッカー中継でも実況をやっているらしい。
上原エドウィン(エドウィン・ウエハラ)
1.92年、ペルー1部リーグの「デポルティボ・アエル」から移籍してきた攻撃的MF。23試合出場、1得点。
2.血統的には沖縄出身の祖父母を持つ「日系3世のペルー人」。しかし両親も日本国籍を持っていた為、法的には「日系2世のペルー人」。
3.94年5月、日本国籍を取得した為、「日本人」(ややこしい)
4.96年、鳥栖に移籍。
(1〜4:緊褌一番さま)
ヴェルディ川崎
1.神奈川県川崎市をホームとするJリーグチーム。
2.「チーム単位」でいうなら、レッズサポーターから最も嫌われているであろうチーム。
3.何が嫌いって、ナベ○ネが嫌いなんじゃ〜! ……って、読○新聞はもう撤退したっけか(^^;;;;;
4.97年2nd、アウェイの国立、レッズサポーターが行ったあの野次コールの数々はわすれません(笑)
5.すまん、N○Vの番組はよく観てます(爆)
6.なんか、東京に移転するらしいね。川崎市民と東京都民の双方から総すかん食らわなければいいね。
7.(川崎市民)「川崎からでてけーっ!!」(東京都民)「東京に来るなーっ!!」オ○ムじゃないんだから・・・(実話)
(7:TARAさま)
ウーベ・バイン
1.ドイツ人MF。96年まで在籍。「左足の魔術師」。
2.在籍当時はレッズの司令塔として福田、岡野らの得点を次々とアシストした。
3.1990年ワールドカップの優勝メンバー(西ドイツ代表)。
4.彼の左足から繰り出されるスルーパスは福田をして「Jリーグの選手じゃないよ」と気味悪がらせた。
5.ペトロヴィッチ以前のレッズきってのイタズラ者。
6.大原での練習中も結構サボっていた。あまりに堂々としたサボりっぷりにオジェック監督以下、誰もしばらくは気がつかないほどであったという。
7.彼の退団後、当時アドバイザー契約をしていたベッケンバウアーに「バインの代わりをくれ」と打診したところ、「あんな男はドイツにだってそうそういないんだ。そんなことできる訳ないだろ!」とレッズフロントは怒られたらしい。
(4〜7:緊褌一番さま)
ウーベ・ラーン
1.93年、それまでのアルゼンチン路線からドイツ・ヨーロッパ路線に変更した際のドイツ人第1号。
2.ブンデスリーガ得点王になった事もあるFW。7試合出場。1得点。(対ジェフ 93.11.17)
3.唯一の得点をあげたジェフ戦からリベロにコンバートされ、94年の登録はDF。
4.94年は3人の外国人枠を6人で争うという状況から出場機会に恵まれず退団、帰国した。
(1〜4:緊褌一番さま)
ウォーリア
1.直訳すれば「戦士」、レッズの応援歌の一つ。試合の開始前など、サポーター自身のモチベーションを高めるにはいい曲(?)だと思う。
2.「オー・オ・オ・オー・オー」のかけ声に復唱する。
3.私はテンションが高いときにこれをやられると声が裏返る(笑)
薄汚れた………
1.「大きな古時計」のメロディで「薄汚れた緑のでくの坊、読○の××〜、今は、もう、動けない、読○の××〜」と歌う。
2.かつては○浦○ズに対して、いまは(どこのチームにいたとしても)武○に対して主に歌われている。
3.歌い終わったあとの、あの暖かい(?)拍手がなんともいえない(笑)
4.武○に対してのバージョンとして「大きなのっぽの役立たず、○○の武○〜、今は、もう、使えない、○○の武○〜」というのが何度か歌われた事がある。
5.武○に対しての追記。「ジュビロに行ってもぎくしゃくぎくしゃく、サンガに行ってもぎくしゃくぎくしゃく…」
(4:緊褌一番さま)
内舘秀樹
1.MF。左右どちらかのアウトサイドのプレイヤー。「うっちー」「ウチカン」などよ呼ばれているらしい。
2.すんごく線が細い印象がある。某4コマでは「さわやか君」の一員(笑)
3.「内館」ではない。よく間違えるので注意しよう。
4.浦和田島中出身。2000年に移籍してきた阿部・室井とともに田島中トリオを結成。………トリオを組んだからって何があるわけでもないが(^^;
宇宙開発
1.シュートが枠を大きくはずれて遙か上方まで行ってしまうこと。
2.ホームランとも云う。
浦和カモン
1.応援歌の一つ。レッズがサポーター側サイドスタンド(駒場の場合は東側)に攻め込む際に使用される。
2.う〜ら〜わ〜カモン、カモン、カモン!とやる。
3.以前、他チームサポーターに「カモ、カモ、カモ」と野次られ、小競り合いがあったと伝え聞くが・・・
4.現在は歌われていない。
浦和市
1.埼玉県の県都。我らが浦和レッズのホームタウン。
2.大宮と合併するのは勝手だが、新しい市の名前を変な名前にするのだけはやめてね。
3.で、その新市名は「さいたま市」。…………………う〜む。
4.2001年4月30日をもって「浦和市」の名前は消滅した。
浦和レッズの幸福
1.アスペクト出版、大住良之氏著の書籍。1998年3月出版。
2.浦和と浦和レッズとそのサポーターの「幸せな」歩みを綴っている。
浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)
1.埼玉県浦和市をホームとするJリーグチーム。
2.我がライフワーク。
3.魅力は?と問われれば、「好きにならずにいられない」と答えよう。好きになるのに理由などない!!
ウルトラ
1.より熱狂的にチームをサポートする人々のこと。
ヴァンフォーレ甲府
1.山梨県甲府市をホームとするJリーグチーム。
 
>>> え <<<
 
エースナンバー
1.通常は指令塔が10番、エースストライカーは9番又は11番というのが基本であるが、チームの歴史や国の事情等にかなり左右される。
2.英マンチェスター・ユナイテッドでは「7」が指令塔の番号とされている。(エリック・カントナ、デビッド・ベッカム等)
3.オランダではリーグも代表もヨハン・クライフがつけた「14」が指令塔以上の恐れおおい番号として崇められている。
4.それを裏付けるように、岡野がアヤックスに留学していた頃の某スポーツ紙では、「移籍できたとしてもレギュラークラスの(レッズでつけている)7をもらうのは難しいだろう。しかし(代表でつけていた)14はもっと難しいだろう。」という記事を載せていた。
5.レッズでは、エースの「9」、闘将の「6」(『6』の項参照)はゆるぎないだろうが、今後指令塔は「8」に移行していくかもしれない。
(1〜5:緊褌一番さま)

笑顔
1.たとえば、永井君がみせれば「さわやか」と云われ、城あたりがみせるとブーイングを受けるもの。
エメルソン
1.2001年8月1日に加入した、驚異的なスピードと得点能力を持つFW。
2.本名マルシオ・エメルソン・パッソス。2000年J2の得点王、J2通算でも52試合で50得点を叩き出している。
3.我が儘さんらしく、監督とのトラブルが耐えないとの噂も。
4.コールは東では「ビバ・エメ・ララ・カンペオン」、西では「エメルソン・オレ」。
5.なんと16才で父親になっている。
 
>>> お <<<
 
応援コール
1.我々サポーターが試合中選手に出来ることと云えば応援するくらいだから………
2.以下の項目ではコール名称が解ってない応援コールを………
・「オイ!オイ!フォルツァ・レッズ、フォルツァ・レッズ」(太鼓に合わせて腕を上げよう!)
・「ボーイズ・イン・レッド・ウ・ラ・ワ・レッズ!」(※テンポはかなり速い)
大分トリニータ
1.大分県大分市をホームとするJリーグチーム。
2.大分まで応援に行くレッズサポーターは、温泉旅行とセットでいくらしい??
3.2000年シーズンでは、J1への昇格レースで最大のライバルとなり、最終戦まで争った。大分は99シーズンに続いて2年連続で勝ち点が1足りずJ1昇格を逃すこととなる。
大柴健二
1.FW。「雑草」「野人2号」「シバケン」などの愛称あり。
2.応援コールは「オオシバケンジ・ゴォォルゥゥ・ゴゥゥルゥゥ・ゴォォルゥゥ・オオシバケンジィ・ゴォォル・ラ・ラ・ラーラーララーラー」で、ラララの部分でタオルマフラーを振り回す。
3.お小遣いは1ゴールにつき何万円、となっているらしい。頑張ってゴールを量産しないと経済危機に(笑)
4.「大柴の耳に戦術」との酷評アリ。
5.シュートの空振り、ホームランが目立つ。枠にとばそうよ・・・(汗
6.1999〜2000の契約更改で一番難航したのがこの人。で、いつのまにやら残留が決まっていた(^^;
7.マンチェスター・Uのゴールにボールを叩き込んだおそらくは唯一の日本人(ではないかと思いますが・・・)〔'97.7.22〕
(7:緊褌一番さま)
8.2000年シーズン終了後、セレッソ大阪へ完全移籍した(正式発表は1月中旬)。
太田昌弘
1.GK。愛称「おーちゃん」。
2.レッズではいまいちだったが、確か彼がジェフのとき、フクダのPKをとめたことがあるような・・
(2:宇部さま)
大野勢太郎
1.NACK5のパーソナリティ。同局でのサッカー中継(レッズ戦)の実況も勤める。
2.浦和ケーブルTVでもレッズ戦の実況を担当したことがあったが、なんというか…ラジオ慣れしすぎかも(^^;
大原サッカー競技場
1.正式には「浦和市大原サッカー競技場」。浦和市のスポーツ施設である。
2.レッズのトップチームの練習場。
3.練習を見学したあとはゴミを持ち帰りましょう(^^)
4.実はグラウンド状態があまりよくない??
大宮アルディージャ
1.埼玉県大宮市をホームとするJリーグチーム。
2.クロアチア代表のようなあのユニホームがかっこいい。ただ、胸のロゴが「NTT」だったから格好良かったのに、「NTT東日本」ではなんか違和感を感じてしまう。
3.なんというか、レッズの弟分みたいな印象が強い。事実、レッズと掛け持ちしているサポーターは多いらしい。
4.「アルディージャ」というのがリスという意味の言葉からきていることから、アルディージャのことを「リス君」、アルディージャサポーターを「リスサポ」と呼ぶことがある。
5.近い将来、J1でレッズと共に優勝争いをするところが見たいものです。
6.………とかいっていたら、J2で実現(涙)
大宮サッカー場
1.正式名称は『埼玉県営大宮公園サッカー場』。12,500人収容の大宮アルディージャの本拠地。
2.駒場の再改修の為、94年後半から95年前半にかけてREDSがホームで使用していた。『ゲンのいい』スタジアム。00年の埼玉ダービーでも大半のRSPは『ホーム』だと思っていたという。
3.Jリーグ以前、三菱がフランチャイズ探しをしていた時の6つの候補地の1つであったが、当時『老朽化が進んで存続すらおぼつかない』状態だった為に見送られたいきさつがある。
4.79年に開催されたワールドユース大会でのアルゼンチンの第一試合がここだった。マラドーナの世界デビューが実は『大宮』だったというのは知られざる事実であろう。
(1〜4:緊褌一番さま)
オールスター
1.Jリーグの代表選手たちが東西に分かれて対決する。
2.昔は変なわけ方をしたときもあった。JヴェガとJアルタイルだったっけか? 今はベガルダ仙台があるからこのネタはもう使えないね(笑)
3.昔は、RSPの組織票によって代表選手のほとんどがレッズ選手で埋まったりもしたのだが、現在はレッズサポーターも興味を失ったのか、ほとんど投票しようとしない。
4.なぜか、某チームの選手で、ホ○プロ所属の某FWが毎回毎回選ばれているんだよね。なんでだろ?(笑)
岡田武史
1.元日本代表監督。元祖(?)ジャージ監督。
2.98年W杯最終予選、最後の最後に岡野を起用して評価を高めた監督。
3.98年W杯本戦において、岡野・小野をうまく起用できなくて評価を落とした監督。
4.思えば、この人のガッツポーズもあまりよくなかったなぁ(笑)
5.1999年よりはコンサドーレ札幌を指揮している。
岡野雅行
1.日本が誇る超高速FW。犬より速い。右サイドを主な仕事場とする。
2.愛称は「野人」。名付け親の土田は「似てるから」と云ったとか云わないとか。
3.自分でパスを出して自分でパスを受け取る必殺技「一人スルーパス」ができる。
4.1998年W杯最終予選で、世界で初めてゴールデンゴール(Vゴール)を決め、歴史に名を残した。
5.応援コールは「オカノ・オ・オ・オカノ・オ・オ・オカノ・オー・vamos・オカーノ」って感じ。音域が低いのでちょっと歌いづらいかも。
6.大学時代、陸上選手相手にバッシュで勝ってしまったという伝説も。
7.東京フレンドパークに3回ほど(?)訪れたことがある。その際、自分らは車をもらったくせに、視聴者にはたわしをプレゼントするというお約束をやっている。
8.彼の台詞を文章で示すと、なぜか必ず最後に「(笑)」がつく(笑)
9.引退したら浦和に「野人」という居酒屋を作る、って話を聞いたけど・・・?
10.某TV番組でフリーキックの企画に参加。0バナナ(単位は、カーブの曲がり具合と解釈してね)で視聴者の期待に応える(笑)
11.2000年シーズン、プロ7年目にして初めてPKを蹴る。イメージに合わないと思われてか、スタジアムは大きなどよめきがあった。「PKって、おいしいですよね」とはその日から1週間ちょっとすぎた時の本人の談。
12.彼が主人公の漫画もある。
13.彼の祖父は書道の大家である。
14.2000年末にはW杯最終予選のゴールが切手にまでなってしまう。これには本人も「驚いた」と云っていた。
15.大好物は母の作る「とりそぼろ」。調子に乗って7杯も食べ、「あんたどっかおかしいんじゃないの?」と母親に呆れられる。
16.かつて脚を痛めて「全治1〜2週間」の診断を下されたが、3日後にはもう走り回っていたという驚異的な回復力を誇る。
17.オジェックも「アイツは大抵の怪我は2日で治すから心配はしていない」と半ば呆れつつも舌を巻いていた。
(15〜17:緊褌一番さま)
小島徹
1.ストッパータイプのDF。97年加入。
2.即戦力として期待されるも、加入初年度は怪我のためトップ昇格に至らず。DF不足に苦しんだ99年1stもサテライトで結果を残せずチャンスを棒に振っている。
3.2000年になって念願のベンチ入りを果たすも、出場はまだ。まだのまま、2001年は川崎フロンターレへレンタル移籍した。
オスバルト・エスクデロ
1.旧JSL発足以来純国産チームだった三菱が91年に初めて獲得した外国(アルゼンチン)人選手。・攻撃的MFとして中盤の要となった。
2.92年天皇杯を最後に、Jリーグ開幕を待たずに退団。プラテンセに移籍していった。
3.(フル)代表歴はないが、79年日本で開催されたワールドユース選手権にアルゼンチンユース代表としてマラドーナ、ラモン・ディアスと共に出場、優勝した。
4.92年に来日した実弟のセルヒオは長らくユースチームのコーチを務めていた。
5.RSPの間ではいまいち知名度は低いが、母国では「エル・グラフィコ」(日本の「Number」のような雑誌)誌に特集を組まれるほどの選手だったらしい。
(1〜5:緊褌一番さま)
お楽しみは…
1.これからだ!
お荷物
1.要約すると、「邪魔なもの」。
2.かつて「Jリーグのお荷物」と云われた屈辱を、我々は忘れてはならない。
小野伸二
1.浦和レッズの司令塔。MF。98年にレッズに加入。
2.日本サッカー史上最高の至宝。いや、日本が世界に誇れる人材のひとり。
3.フィリピン五輪代表の19番のせいで重傷を負う。その不在の間、チームは大不振に陥る。以後もたびたび怪我をするようになり、レッズはその穴を埋めきれずにいる。
4.もとやん(鹿島に所属している本山)とラブラブ!?(笑)
5.(1999〜2000の)Jリーグの契約更改でこれほど注目を集めた選手はいないだろう。我らRSPとしては複雑な心境ではあるが。
6.2000年、2001年のチームキャプテン。2001年の時には一度は固辞する市政を見せたものの監督の要請と福田・井原の両ベテランのサポートもあって就任に至った。
7.レッズフェスタ2000で田畑とのラブラブぶりを暴露(笑) 寮の田畑の部屋によく遊びに行くらしく、田畑はついに小野のために部屋にマットレスを入れたそうな(^^;
8.かなりのねぼすけらしい。寝ているとき、突然起き出したり、電話が鳴って、とってないのに「もしもし、もしもし」と寝ぼけて言ったりなど………
9.某TV番組の企画で14バナナ(単位は、カーブの曲がり具合と解釈してね)を記録。
10.2000年の指宿キャンプでは室井と同室だった。代表からチームに合流した当日に行われたサッカーゲーム(コンピュータの)は小野の1勝2敗だったとか。
11.2000年J2第19節でスキンヘッドで登場、「一休さん」とスポーツ新聞の1面に載る。ちなみに、最初に小野の頭髪にバリカンを入れたのは大柴。
12.2000年シドニー五輪の代表からは漏れたものの、同年のレバノン・アジアカップの優勝メンバーのひとりとなる。
13.2001年初頭に行ったオランダ留学中チームメイトからつけられたアダ名は『ヨーコ』(!?)元ネタは勿論ヨーコ・オノなんだけど、いくらなんでもひどすぎると思う。(;_;)
14.元反トルシエ派筆頭戦士(笑) 「伸ちゃんスマイル」ですべてを切り抜けるツワモノ。「伸ちゃんスマイル」はファンのみならずチームメイトをも魅了。ヘアースタイルが変わっただけでスポーツ新聞やスポーツニュースのトップをかっさらった稀有な人物。
15.2001年7月11日、オランダリーグ1部・フェイエノールトへの移籍と入籍が発表された。同月2?日に離日。
(7〜8:ひなくらさま/文章はかつらぎ@管理人、13:緊褌一番さま、14:リトル・グレイさま)
おばちゃん
1.レッズサポーターの中でも特に有名な人。駒場では雛壇(東ゴール裏の椅子席)にいることが多い。旗で作ったと思われる衣装と扇子で一度見れば忘れないはず。
2.小野君の実家にいたり、その次の日に田口市議の事務所にいたりと、謎の人である(^^;
3.日本代表の番組(か特集)で、日本代表の旗で作った衣装でTVに出てた気がする………
4.JR与野駅近くの餃子屋の女将さん。
5.かつて携帯ストラップされていた。今となってはレアアイテム!?
6.っつーかフ○TVの人気番組「笑っていい○も」にでていたり、ラジオ番組にも出ているたいう噂もあるし、一体何者!?(笑)
以前ストレス性胃潰瘍で店を閉めるも,レッズの応援をしているうちに見る見る回復。
7.ついには本まで出しちゃった(2001年4月21日発売)。
8.以前ストレス性胃潰瘍で店を閉めるも,レッズの応援をしているうちに見る見る回復。「薬が効いたにしては回復が早すぎる」と担当医を気味悪がらせ,店を再オープンした岡野に決して引けを取らない驚異的な回復力を持つ超人。(00/11/20付 朝日新聞より)
(8:緊褌一番さま)

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