浦和レッズ大辞典・カ行
| >>> か <<< |
| カードコレクター |
| 1.イエローカードや、レッドカードをよくもらう人のことをいう。 2.はっきり云ってしまえば、チームからすれば迷惑以外の何者でもない。 3.やはり外国籍選手にこの傾向は強い。 |
| 郭慶根 |
| 1.韓国から来た後、サテライトに2週間いて(サテ出場1試合)そのまま福島に移籍した流れ者。 2.プレシーズンで福島FC(後に廃部)とレッズが試合をやったときに、福島とレッズの違いは「福島のほうが周りの人のあたたかい」と答えていた。 (1〜2:宇部さま) |
| 鹿島アントラーズ |
| 1.茨城県鹿嶋市を中心とした地域をホームにするJリーグチーム。 2.レッズはどっちかといえば苦手。 3.96年、98年と優勝争いをかけた(共に雨の)国立の決戦でいずれも僅差で敗れた悔しい過去が。しかし、99年、3度目の(やっぱり雨が降った)国立決戦では見事の勝利を飾った!! 4.鹿島アントラーズのチームカラーは「エンジ色」であって、決して赤ではない。 5.ほぼフルメンバーの状態で市立船橋高校と練習試合をし、負けたことが新聞の一面を飾る。紛いなりにもチャンピオン(しかもこの年J史上初の3冠)だったのにねぇ。 6.サポーター集団は「インファイト」と呼ばれる組織が有名。内部はカースト制度のような状況にあるとの噂も。 |
| 柏レイソル |
| 1.千葉県柏市をホームとするJリーグチーム。 2.大勝ちしたり、大敗したり、連勝したり連敗したりと忙しいチームという印象が・・・ 3.柏の葉陸上競技場は柏サポーターも不評なようで、こけら落としとなった対レッズ戦では発煙筒で(レッズサポーター席から)反対側が見えないほどだったらしい。「来づらい見づらい柏の葉」。 4.チームがその柏の葉にホームスタジアムを完全移籍させると発表したため、また大騒動が起こっているらしい。 |
| 河合竜二 |
| 1.MF。ボランチをつとめる。97年加入。 2.99年2ndになってようやくトップへ昇格。中盤のコマ不足に悩む99年2ndで初出場なるか?(結局出場できなかった) 3.2000年に初出場。TV解説者が「ポスト曲がってない?」と心配するほどの闘志あふれるプレイを披露。 4.足が、でかい(^^; |
| 川島眞也 |
| 1.2001年7月24日に広島よりレンタル移籍してきたDF。背番号は35。 2.FWもできるらしい。 |
| 河野真一 |
| 1.92年入団のFW。7試合出場。1得点。96年に神戸に移籍。 2.入団早々アルゼンチンに留学。93年に帰国。 3.長髪を振り乱して走り回る姿は壮観だったが、怪我も多かった。 4.93年、初先発のヴェルディ戦で左膝靭帯を伸ばし、9月のフリューゲルス戦で相手と交錯し、同じ左膝十字靭帯他7ヶ所断裂、全治14ヶ月の重傷を負い、93〜94年をまるまる棒に振った。 5.大柴健二の応援歌がもとは水内猛の歌だった事は有名だが、本来は河野の為に作られたという事実はあまり知られていない。 6.作る事は作ったけど、歌詞(名前の部分)のすわりが悪く、歌おうかやめようか迷っていたところ、その日たまたまスタメンだった水内に歌ったら具合がよかった為、それ以来水内の歌として定着してしまったといういきさつである。 7.レッズの初勝利は彼の同点ゴールがあったからこそ。怪我しちゃったけどね。 (1〜6:緊褌一番さま、7:宇部さま) |
| ガンバ大阪 |
| 1.大阪府吹田市をホームとするJリーグチーム。吹田なのに、なぜに大阪? 2.良くも悪くも外国人次第、という印象が強い。稲本ら日本人の有望株が多いのは確かなんだけど・・・ |
| カンピオーネ・レッズ |
| 1.応援歌。試合前、あるいは勝利後に歌われる。 2.「ウ・ラ・ワーレッズ、カンペオ〜ン、ウ・ラ・ワーレッズ、カンペオ〜ン、ウ・ラ・ワーレッドダ〜イア〜モンズせ〜かいにかがや〜け、レッズ!」 3.応援の名称がこれで合っているかどうかは不明。 |
| >>> き <<< |
| キープ |
| 1.サッカーにおいては、ボールを保持すること。 2.前線(FW)の選手がこれをできないと、戦術のバリエーションがなくなるどころか、チームのリズム・バランスを崩壊させる危険もある。 3.サポーターが、応援歌の合間によく叫ぶ言葉の一つ。 |
| 菊原伸郎 |
| 1.1994年浦和レッズに加入。1995年に退団。ボルテージ店員となる。 2.翌年、筑波大学の監督依頼要請をうけ、客員講師として筑波大学に勤務。現在、大阪商業大学の監督をしているそうだ。 3.彼の奥様がレッズのイヤーブックの過去の在籍選手記録をまとめていたときがあったそうだ。 4.菊原志郎の実弟。在籍時のアダ名は「ゴロウ」だったらしい。 5.ちなみに「のぶお」と読む。 (1〜3:宇部さま、4〜5:緊褌一番さま) |
| 北浦和GINZAレッズ通り |
| 1.JR北浦和駅東口前の旧「北浦和銀座商店街」の現在の正式名称。 2.通りの両側にレディアの像と福田、ギド、土田らの足形(手形)レリーフを並べるなど生涯一REDSな通りとなっている。 3.レッズが商店会長から『名称変更の許可願い』を受けたのは田町から浦和に移ってきた直後の事で、レッズ関係者を驚かせ、慌てさせ、なおかつ感激させたという。 4.清水市内の『エスパルス通り』に触発されて…と思われがちだが、当時商店会長はそんな通りの名など知らなかったそうである。 (1〜4:緊褌一番さま) |
| ギド・ブッフバルト |
| 1.元西ドイツ代表の浦和の英雄。ある意味レッズフロントの史上最高の功績。 2.駒場における白馬での場内一周のセレモニーには、前の試合で痛めたけがを隠すためとの説とフロントが無理矢理のせたという説がある。私は素直に感動したので、考える必要はないとおもっているが。 3.近い将来、浦和レッズの監督として戻ってきてくれることを願う! 4.ちなみにレッズでのポジションはDF。ボランチ、リベロ、ストッパーであれば何でもこなす。 5.彼の持論は「最後まで決してあきらめない」。彼のその精神を受け継いだ選手が、今のレッズにはいるのだろうか……… 6.実はドイツ代表時代からリトバルスキーと1,2を争う筋金入りのオジェック嫌いだったらしい。ギドがスタメン落ちしたことがあったが、この時も監督との軋轢を取り沙汰されていた。 (6:緊褌一番さま) |
| >>> く <<< |
| クリアー! |
| 1.味方陣内から相手陣内、あるいはタッチラインにボールを出すこと。またはそうするように指示すること。現場にいる人間はもっぱら後者の使い方をする。 2.土田の口癖。 |
| >>> け <<< |
| ゲート旗 |
| 1.2本のポールをつけて、両手、あるいは二人で掲げる旗。普通の旗と違い、より独創性のあるものが多い。 2.キックオフ直前、試合終了後、得点時に掲げる。 3.もちろん欧州や南米が最初だが、日本では我らがレッズがはじめにつくった。徐々に他のJチームにも広がっているようだ。 |
| ゲットゴール |
| 1.福田のこと。 2.福田の応援歌。「オー・オー・オ・オ・フクダ!ゲットゴォォル・フクダ!」というフレーズを、両手を振り回しながらうたおう。 |
| >>> こ <<< |
| コーナーポスト |
| 1.岡野がよく衝突するもの。たまに衝突するのに飽きたらず、持っていってしまうこともある(ちゃんとすぐに元に戻すが)。 2.コーナーフラッグ、といったほうが正解? |
| 国際興業バス |
| 1.駒場スタジアムへのシャトルバスを運営している。運賃は片道190円。 2.浦和発のシャトルバスは、運転手によってコースが違う。RV前を通るコースの方が所要時間は短い(と思う)。 3.バス共通カードが使えればいいのになぁ・・・って、私は自転車通いじゃ!(笑) 4.3.を修正、共通カード、使えるそうです。やったね♪ (4:えちごやさま) |
| 国立競技場 |
| 1.正式には「国立霞ヶ丘競技場」。他にも国立の競技場はあるが、単に「国立競技場」という場合は普通ここを指す。 2.どこの主催試合になろうが、レッズのホームゲームにかわりはあるまい。 3.日本代表の聖地でもある。 4.ホーム側サイドスタンドからはオーロラビジョンが見えない。ちょっと悲しい。 5.「夜」+「雨」だと、帰りが最悪。 |
| 駒沢陸上競技場 |
| 1.世田谷区の「駒沢オリンピック公園」内の総合競技場。レッズも三菱時代に国立、西が丘と共にホームで使用していた。 2.都内・首都圏からのアクセスがよく、22,892名収容と三菱のフランチャイズ探しの際、駒場を含む6つの候補地の中の最有力候補であった。しかしすぐ隣に国立第二病院があり、条例で夜間照明の設置が不可能な為に断念。紆余曲折を経て駒場に落ち着いた。 3.国立病院がなかったら「駒場」でなく「駒沢」でプレーしていたかもしれない。いやよかった。 4.脇には駒澤大学(安藤・盛田の母校)その奥には三菱重工の社宅があるなど、心持ち縁を感じる。 5.2000年にはFC東京がデーゲームで使用したことがあった。 (1〜5:緊褌一番さま) |
| 駒場スタジアム |
| 1.正しくは「浦和市駒場スタジアム」。かつては「駒場競技場」だった。2001年5月1日からは「さいたま市駒場スタジアム」となる。 2.云わずと知れたレッズの聖地。 3.ここ数年、夏場は雨にたたられやすい(汗)ホームゴール裏椅子席あたりで大雨に当たられると、避難もできず結構つらい。 4.現在の収容人数は21,500人となっているが、改装後の初戦(95年2ndステージ第2節)では21,800人近く入ったとされている。………何故? 5.駒場競技場の全身は「駒場サッカー場」で観客500名程度入れたサッカー場、オール芝のグランドに感動した。 6.駒場の芝生は国内でも最高のレベルである。Jリーグ開幕前のこけら落とし(93.4.24) でレッズと対戦したマンチェスター・シティのP・リード監督に『世界最高の芝だ』と誉めちぎられた、浦和の隠れた誇りと言える。2000年のシーズンはさすがに傷みが激しかったが。 (5:歓蹴隊さま、6:緊褌一番さま) |
| 駒場の最終節 |
| 1.駒場改修の為、富山で行われた94年を除いて、破竹の勢いで負け続けた93年以来駒場での最終節ホームゲームは未だ負け無しである。 2.不思議とレッズの最終節は開幕以来ホームゲームである。 3.『あの日』も試合には勝ったんだけど・・・・・ 4.『駒場の最終節でレッズは負けない。』これを心のよりどころとして11.19に望んだRSPは少なくなかったであろう。……そして彼らはやってくれた。 (1〜4:緊褌一番さま) |
| コンサドーレ札幌 |
| 1.北海道札幌市をホームとするJリーグチーム。 2.コンサドーレ札幌のチームカラーはあくまで「茶色」であって決して赤ではない。 3.茶色ではなく、「赤黒い」に変更。 4.2000年シーズンで、レッズの最大のライバルと目されたが、結局レッズはコンサドーレに一度も勝てず、しかもぶっちぎりで優勝されてしまった。 |