浦和レッズ大辞典・マ行

        
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>>> ま <<<
 
マッチデープログラム
1.通称MDP。埼玉新聞が、レッズのホームゲームの時に発行している小冊子。
2.税込み300円。
3.役に立つ情報などが満載。試合前の暇つぶしにはもってこい。
マクドナルド北浦和店
1.JR北浦和駅東口にある、店長自ら店ごとサポーターズクラブに登録していたかつて日本一、いや世界一REDSな店として勇名を轟かせた店。北浦和駅から駒場へ向かうRSP達の腹ごしらえの場でもあった。
2.店内には歴代のOSCフラッグが貼巡らされ、レッズを応援するフリーペーパーを隔週ペースで発行するなど精力的に活動していた。
3.更に試合当日は(ホーム、アウェイ関係なく)レッズと対戦相手の大旗を店の前に掲げ、入口の黒板に試合経過を逐一記入し、挙げ句の果てには店長からバイトに至るまでレッズのキャップを被って業務をこなすなど、なんだか必死な活動もしていた。
4.93年、ヴェルディのスポンサーであったマクドナルドは日本中で『ヴェルディ優勝記念セール』をやっていたが、北浦和店だけは『レッズ1年間ご苦労さんセール』を行うという、我々にとって嬉しい暴走ぶりを見せつけてくれた。これは「1年間レッズを応援し続けてきて今更ヴェルディおめでとうなんて出来ん。」という店長の独断によるものらしいが、本社の方は『地域住民に愛される店』という観点から黙認したらしい。太っ腹である。
5.ちなみに当時の店長は後に市原に異動になったらしいが、「(市原に)身は売っても心は売らない。」というようなニュアンスの危ない言葉を某誌に語っていた。
6.その後、店長が替わっていくにつれてREDS色が薄くなり、現在は普通の店になってしまっているのが残念である。↑の店長の復活が望まれるところである。
(1〜6:緊褌一番さま)

マルセーロ・モラレス
1.93年フェレイラと共に入団したMF。
2.いきなりPKを外すなど、ただでさえちぐはぐだった攻撃陣に拍車をかける結果となり、3試合出場で解雇。
3.この後にクラブはドイツ・ヨーロッパ路線への変更を計り、95年に開花する事になるが、この事から『アルゼンチン(南米)不信』に陥ったサポーターも結構多いと聞く。
4.フェレイラと並んで「なかった事にしたくなる」者は結構多いであろう。(←憶測)
(1〜4:緊褌一番さま)
 
>>> み <<<
 
みかん色
1.清水エスパルスのチームカラー。チームカラーを青にしようとしたところ、他数チームとかぶっているので変更を余儀なくされ、地元名産のみかんからその色をとったらしい。どうりで黄色でもオレンジ色でもない中途半端な色だったワケだ。
(1:リトル・グレイさま)
水内猛
1.元レッズの選手、FW。元祖(?)ムードメーカー。現在はホリプロ所属のタレント。
2.テレビ埼玉「GO!GO!レッズ」の司会。ギャグがはずれている(つーかアシスタントの田中嬢[当時]がついてこれないだけ?)。
3.実は93年度のチーム内得点王。(93年は7点、通算では10得点)
4.現役時代、サラリーマンJリーガーだった。(仕事は主にコピーとり) 大原練習場へは、自転車通勤だった。
(4:ひなくらさま)
路木龍次
1.MF。99年横浜Fマリノスより期限付き移籍。左アウトサイドを得意とする元日本代表。
2.99年2nd半ばより、コマ不足に悩むストッパー、センターバックにコンバート。安定した守備を見せている。
3.金髪、やたら目立つ(笑)
4.2000年は完全移籍。DFの柱として活躍が期待される。
5.2000年指宿キャンプでの練習試合の途中、吉田コーチと口論を起こす。それまで「いい子」の集団だったレッズにとって、これがプラスに作用してくれることを祈る………
6.96年アトランタ五輪の対ブラジル戦で、決勝ゴールのアシストをしたのが彼。
三菱自動車
1.云わずと知れたレッズの親会社。
2.良くも悪くも、旧財閥系企業。
三菱車
1.三菱自動車製の車
2.レッズの選手の大半は三菱車に乗っているが、これは(おそらく宣伝のためだろうが)三菱自動車が選手に無償で与えているそうだ。(ガソリン等の維持費もクラブ持ち)
3.一番人気はやはり『パジェロ』。「俺はどうしても『ミニカ(三菱の軽自動車)』が欲しい!!」という奇特な選手の登場が待たれる。(当分出そうもないが)
4.1〜2年乗った後、人気選手の車はオークションにかけられる場合もあるが、大抵は現場スタッフやレッズの社員に払い下げられるというシステムになっている。
5.↑の二次使用者には、どの選手が使ったものかということはわからないそうだが、某スタッフの入手した車は「とてもじゃないがしばらくは子供を乗せられない」ほど煙草の臭いが充満していたらしい (^^ゞ
(1〜5:緊褌一番さま)
三菱重工
1.レッズのおおもとは三菱重工のサッカー部。これが三菱自動車に移って、現在に至っている。
水戸ホーリーホック
1.茨城県水戸市をホームとするJリーグチーム。
2.ホーリーホックとは、「葵」のこと。
3.レッズ戦の時、ホームスタジアムの収容人数等の関係からカシマスタジアムを借りたいと打診したが断られた、という噂も。
ミヒャエル・バウアー
1.97年に、ほんのちょっとだけレッズにいたMF。主としてボランチをつとめた。
2.ホームシックで帰国。
ミヒャエル・ルンメニゲ
1.ドイツ出身の攻撃的MF。93〜95年在籍。元西ドイツ代表。
2.彼の兄はかつて『ミスター・ヨーロッパ』と呼ばれたカールハインツ・ルンメニゲ。
3.「レッズにルンメニゲが来る」の報にてっきり兄の方が来ると勘違いしたものは多いらしい。
4.初先発したナビスコカップでいきなり2ゴールを奪うなど、大物ぶりを見せつけてくれた。
5.『2試合にまたがって1分間に2得点』という珍妙な記録を持っている。95年の対マリノス戦で、CKから試合開始47秒でゴールを決めたのだが、前節にVゴールを決めている為、この様な記録となっている。
(2〜5;緊褌一番さま)
宮沢克行
1.99年入団のMF。左サイドを主な仕事場とする。JデビューはFWとしてだった。
2.「GO!GO!レッズ」の公録で、「盛田とラブラブ」とか「最近小島さんが冷たい」などと爆弾発言をする(笑)
3.結構勉強熱心。それが実戦で実を結んで欲しいものだ。
ミロスラフ・メンテル
1.浦和のチーム史上初めての外国人GK(国籍はスロバキア)。登録名は「ミロ」。
2.大原グラウンドの自販機にあった「ミロ」を愛飲していたらしい。
3.93シーズン、田北、土田が怪我の間にレギュラーに定着も94シーズンは1試合のみの出場にとどまり帰国。
(1〜3:迷わず行けよさま)
 
>>> む <<<
 
室井市衛
1.2000年に鹿島より移籍。高さと読みがウリのDF。
2.地元田島中の出身。阿部の同期で内舘の1年後輩。
3.前所属先の鹿島では、「最強のバックアッププレイヤー」と賞賛される一方で、「足より手の扱いがうまい」と酷評されているとのこと。
4.1999年に話題になった鹿島のY沢に、タレント(?)のR花を紹介したのは彼、との噂が………
5.ガムが好き。
6.鹿島在籍時代の公式戦(リーグ戦、カップ戦、天皇杯)の出場数・得点数は奇しくもレッズにともに入団した阿部と同じ数字。
7.2001年7月28日付でセレッソ大阪へ半年間のレンタル移籍。
>>> め <<<
 
 
>>> も <<<
 
望月聡
1.滋賀県出身のMF。主として右サイド。92年NKKより移籍。
2.ユニフォームの襟を立てるのが特徴。
3.PKを蹴る直前、自分の側のゴール(つまり真後ろ)をしばし眺めてから蹴るという変った癖があった。
4.自主トレと称して近所の小学校に行き「(レッズの)望月だ!」と騒ぐ小学生相手に8人抜きを演じるという楽しい男。
5.その事を大野勢太郎氏のラジオで得意げにしゃべっていた愉快な男。
6.しかし、92年ナビスコカップ、93年からのJリーグのレッズ初ゴールはどちらも彼である。
7.6年京都サンガに移籍。やはり襟を立てていた。翌年引退、サンガコーチとなった。
8.コーチ時代の某誌インタビューより。「いまでもRSPの事を『ウチのサポーター』ってつい呼んじゃうんですよ。まずいですね。(笑)」そりゃ立場上まずかろう。
(1〜8緊褌一番さま)
盛田剛平
1.99年に入団した新人FW。利き足は「頭」らしい(本当は左)。
2.大型新人と騒がれ、原監督(当時)から絶大な期待を寄せられたが、結局期待には応えられなかった。
3.あがり性なのか、「GO!GO!レッズ」の公録では顔が真っ赤であった。
4.応援コールは「オー・グローリー・グローリー・モリーター、Let's Get Goal〜」ってなかんじ。ちょっと歌いづらい。
5.レッズフェスタ2000で、観客に当たり負けし、司会者に「試合中は転ばないでほしい」と云われてしまう。哀れ。
6.2000年の天皇杯では2試合で6得点の活躍(ただし相手はアマチュア)。でも2001年はセレッソ大阪へレンタル移籍した。
モンテディオ山形
1.山形県山形市をホームとするJリーグチーム。
2.はえぬき。(笑)
3.念仏。(謎)

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