浦和レッズ大辞典・ヤ行
| >>> や <<< |
| 野次 |
| 1.相手選手に対する挑発、味方選手に対する愛の鞭(場合によっては罵倒)。 2.本来は他人の「言動」に対するリアクションの形態の一つなのだが、ここでの対象は選手のプレー内容ということになる。 3.試合をろくに見ないで野次しか云わない人を「野次将軍」あるいは「野次ラー」などと呼ぶが、そーゆー人は駒場には来て欲しくないものですね。スタジアムで野次する暇があったらチームを鼓舞するコールをしよう! |
| 野人 |
| 1.岡野の愛称。 2.「野獣」ではない(笑) ちなみに「野獣」とは、「野人」の名が98年仏W杯出場決定でブレイクしたときに某消費者金融がまねて作ったCMでギャラクシーカップ初出場を決めるゴールを決めた選手のあだ名………らしい。 3.ちなみに野人2号が大柴、3号がザッペッラ。とりあえず長髪ならいいらしい? 4.本来は「田舎者」あるいは「礼儀知らず」など、マイナス面の意味合いが多いが、そのイメージすら岡野の出現で塗り替えられたような気がする。 |
| 野人コンビ |
| 1.「野人」岡野と「雑草」大柴の2トップのこと。96年シーズンの後半戦でブレイク。 2.98年1stでも見られたが、この二人だと前線でキープが出来ないので途中で見切りをつけられた。 3.NHKでは「野人」は禁句なのだろうか、実況アナウンサーが云いづらそうにしていた。 |
| 野人母 |
| 1.岡野の母。 2.98年W杯アジア最終予選のVゴールで岡野が「時の人」になった直後から母親もマスコミからひっぱりだことなり、以来こう呼ばれた。 3.母の余りの露出の多さに岡野本人もすべてを把握しきれず「母ちゃんまた出てたんですか!?」と呆れさせていた。 (1〜3:緊褌一番さま) |
| 山田暢久 |
| 1.右サイドのスペシャリスト。4−4−2でも3−5−2でもなんでもござれ! 2.どういうわけか、彼の台詞は「お子ちゃま言葉」にされることが多いでちゅ。でも妻帯者で子持ちでちゅ。 3.お子ちゃま言葉が多いのは、数年前までは見た目がお子ちゃまっぽかったのと、4コマ漫画「赤菱のイレブン」の影響が大きいと思われるんでちゅ。 4.某フランス人な日本代表監督しゃん、彼を代表メンバーに入れないなんて、見る目がないんでちゅ! 5.ちなみに、彼の弟もJリーガーなんでちゅ(99年現在、ジュビロ磐田に在籍、同年戦力外に)。 6.応援コールは「ア〜レ〜スやまだ〜〜〜ララ〜ラララ〜ララ〜(3回繰り返し:3回目は最後があがる(高音になる))やま〜だの〜ぶひさ〜〜〜Here〜We〜Go〜」でちゅ。 7.2000年J2第18節の大敗後の彼の態度(言動?)がRSPのなかで物議を醸した。 8.不思議な顎ヒゲが渦巻いている。 (8:リトル・グレイさま) |
| >>> ゆ <<< |
| 夢 |
| 1.レッズが史上初のリーグ+ナビスコ杯+天皇杯の3冠を手にすること。 2.この夢の実現のため、他のチームは先に3冠制覇をしないように。 3.夢は大きく持て、というが、さすがにいきなり世界チャンピオンでは欲が深すぎるってもんでしょ(笑) |
| >>> よ <<< |
| 横浜国際総合競技場 |
| 1.横浜F・マリノスの本拠地。通称「横国」。 2.芝の悪さと客席の見にくさ、記者席に雨よけがないことなどは有名で、RSPの通称は「横酷」である。 3.岡野などは、この競技場で試合をするたびに足や腰を悪くしているような……… 追加 − ついには肘まで脱臼してしまった。。。 (3の後半:緊褌一番さま) |
| 横浜F・マリノス |
| 1.神奈川県横浜市をホームとするJリーグチーム。 2.前身は名門・日産自動車。日本リーグ時代に双璧をなした読売クラブ同様、Jリーグになってからはイマイチふるわない。 3.フリューゲルスを吸収合併してからは、さすがに選手層も充実し、2000年1stステージでは逆転優勝する。もっとも、横浜を賛美する声より、優勝に対するプレッシャーの前に屈したC大阪の不甲斐なさを嘆く声の方がRSPの中では大きかったが。 |
| 横浜フリューゲルス |
| 1.マリノスと共に横浜市を(特別活動地域として鹿児島、長崎、熊本も)ホームにしていたチーム。98年に消滅、現J2の横浜FCへと受け継がれる。 2.前身は日本リーグの全日空サッカー部。佐藤工業との共同出資で横浜フリューゲルスとなる。(リーグ開幕当初、読○新聞では『A.Sフリューゲルス』と表記されていた) 3.93年、レッズはここと対戦して全敗するなど苦手なチームだったが、気がついたらいつのまにか『お得意さん』になっていた。 4.レッズとは奇妙な因縁があるチーム。例えば・・・ 5.93年天皇杯で対戦。主催者の不手際、不可解な判定、そしてボロ負けと重なり、多くのRSPが乱入、翌日の紙面を『浦和フーリガン』の文字が飾る。ちなみに2度目の天皇杯を制した98年にもレッズと対戦している。 6.95.8.12の2ndステージ第1節で対戦。6−0と圧勝して暫定的にレッズが首位に立ち、世間を驚かせる。(ちなみにロスタイム寸前に横浜GK森敦彦が審判に暴行→退場となり、交替枠を使いきっていたフリューゲルスはDFがキーパーを務めるという「おまけ」がついていた) 7.95.11.25の2ndステージ最終節で対戦。福田がPKを決め、日本人初の得点王となった。 8.97.5.17に対戦。雷雨の為Jリーグ初の試合中止、97.7.2再試合となった。 9.96.11.9の最終節で対戦。終了間際に田北がPKを決め、Jリーグ最初の『得点したGK(PK戦除く)』となった。 (1〜9:緊褌一番さま) |
| 横山謙三 |
| 1.浦和の1994年度の元監督にして現ゼネラル・マネージャー(GM)。元日本代表GKでもあり、日本代表の監督も務めたことがある。 2.財閥体質から抜けられないレッズフロントの代表としてサポーターの矢面に立たされている。 3.ドイツをはじめとして各所に強い人脈を持っているらしい。 4.レッズのJ2陥落とその一連の騒動で、RSPから厚顔無恥と謗られる。 5.2000年10月3日から同年末までの間、総監督として再びチームの指揮を執る。 6.選手には人望があるようで、室井などは「鹿島におけるジーコのような存在」と表現している。 7.代表監督時代、加藤久を外して井原(当時筑波大)を抜擢したり、カズ、ラモスを初めて登用したりと他の事はともかく、人を見る目だけは優れている。 8.94年の監督時代、「テクニックはボロボロだけどケタ外れに足の速い奴がいる」と報告してきたスカウトに間髪をいれず「そいつを取れ!」と指示を飛ばした。その男こそ誰あろう岡野雅行であった。 (7〜8:緊褌一番さま) |
| 吉田靖 |
| 1.浦和レッズのコーチ。日本代表のコーチなども歴任している。 2.ア・デモス監督退任後、1999年天皇杯を総監督として指揮した。2000年もコーチとして留任している。 3.2000年のキャンプ中に路木と口論する。おとなしそうな顔しているんだけどな? |
| 吉野智行 |
| 1.攻撃的MF。99年加入。 2.小野の後継者と目される期待の選手。99年2ndでは、小野不在時の指令塔役の座をつかみかけるも、磐田の福西に削られて負傷、以後出番に恵まれていない。 3.見た目が福永によく似ている。 4.フリーキックもうまい。某TV番組の企画で11バナナ(単位は、カーブの曲がり具合と解釈してね)を記録。レッズの<秘密兵器>とされる。 5.西部と仲がいいらしい。 6.「MFならどこでもできるように」との斎藤監督の意向の元、最近はボランチ、右MFでの出場が多い。 |